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| 姉妹都市 ローレンス市〜カンザス大学を中心とした学園都市〜 |
ローレンス市は、アメリカ合衆国カンザス州の北東部に位置し、人口は約8万人。カンザス大学
およびハスケルインディアン大学の広大なキャンパスを擁する学園都市です。
カンザス大学が開設されたのは、町が開かれて12年後の1866年で、以来ローレンス市とカンザス大学はともに発展を続けてきました。
ハスケルインディアン大学はアメリカ原住民とアラスカ原住民の学生のために1884年に創立されました。ローレンス市内には美術館や博物館などの教育文化施設が数多くあり、人口10万人以下の都市としては全米屈指の整備状況といわれています。
平成16年(2004年)にローレンス市は市制150周年を迎えました。これを記念して、9月に市長をはじめとする公式訪問団および市民訪問団がローレンス市を訪れました。
平塚市とローレンス市は、平成2年に姉妹都市の提携を結び、平成17年には姉妹都市提携15周年を迎え、ローレンス市長をはじめとする市民訪問団が来平しました。

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1.ローレンス市の歴史
ローレンスの歴史はゴールドラッシュを機に1843年頃から開拓者たちがオレゴン街道を通って西部を目指した時代に始まります。
1854年米国議会で制定されたカンザス・ネブラスカ協定により、州域が決定され、両州の奴隷に対する自治が認められました。ボストン出身の開拓者たちは、この年蒸気船でコー河を上り、奴隷解放の拠点となる町を開き、移民救援社を設立します。ローレンスという地名はこの救援社の出資者エイモス・ローレンスにちなんでつけられました。折しも南北戦争が勃発し、奴隷制廃止の立場をとるローレンスは、1856年5月21日と1863年8月21日の2回にわたって奴隷維持派から攻撃を受けました。特に、2度目の攻撃はクワントリルの攻撃と呼ばれ、ミズーリ州の兵士300人が住居や商店を破壊し当時の一般市民2,000人のうち150人を殺害。町が廃虚と化す惨事となりました。
その後、「灰から永遠に」と町のシンボルモニュメントに刻まれているように、開拓者たちが石と煉瓦で町の再建に励み、今日の繁栄の礎を築きました。 1866年カンザス大学設立と同時に、ローレンス市は学園都市として発展を始めます。1912年当時2,500人だった学生は現在その10倍になり、全米でも有数の整備された学園都市となりました。
町に残る石や煉瓦造りの建物として、ワトキンス博物館、コートハウス、エルドリッジホテルなどがあり、オールド・ウェスト・ローレンスと呼ばれる地域には、19世紀の家々が手入れを施されて現存しており、古き良きアメリカを偲ぶことができます。
2.データ・いろいろ 〜平塚市とローレンス市を比較して
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ローレンス |
平 塚 |
| 人口 |
約81,600人 |
約260,000人 |
| 面積 |
56.32km2 |
67.88km2 |
| 平均気温 |
7月 |
25.8度 |
24.8度 |
| 1月 |
-3.4度 |
5.2度 |
| 年間 |
12.3度 |
15.5度 |
| 降水量 |
893mm |
1,752mm |
| 時差 |
4月〜10月 |
午前0時 |
午後2時 |
| 11月〜3月 |
午前0時 |
午後3時 |
3.ローレンス・とぴっくす
ローレンス市にあるカンザス大学へ派遣された職員が体験したローレンスの街の様子や季節の話題についてのレポートです。
| ■No.1 |
日本庭園が完成 |
■No.6 |
冬将軍の到来 |
| ■No.2 |
「Go!ジェイホークス!!」 KUのスポーツ |
■No.7 |
芸術の町 |
| ■No.3 |
ローレンスの秋景色 |
■No.8 |
市営バス誕生 |
| ■No.4 |
歴史の町ローレンス |
■No.9 |
町じゅうが緑色〜聖パトリックの日 |
| ■No.5 |
ホリデーシーズンの始まり |
■No.10 |
ローレンスの中の日本、そして平塚 |
■ ローレンス市との交流〜こんな交流をしています
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