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第1回
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昭和26年7月4日〜8日(人出のべ10万人)
平塚復興祭の延長、すなわち平塚の昔日に倍する復興と繁栄を願って「平塚七夕まつり」がスタートした。竹飾りは貧弱なものだったが、手作り造花は丹精込められたものであった。
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第2回
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昭和27年7月5日〜9日(人出のべ13万人)
2年目を迎えた平塚七夕まつりは竹飾りも華やかになり目を楽しませてくれた。七夕まつりを盛り上げるために工夫もこらされ、この年「平塚七夕音頭」を発表した。作詩は、平塚在住の作家鹿島孝二、作曲は同じく平塚の音楽会に貢献した鈴木徳一郎だった。
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第3回
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昭和28年7月4日〜8日(人出のべ20万人)
七夕飾りは一段と豪華になり、竹飾りのトンネルが出現した。エリザベス女王戴冠式にちなみ竹飾り「王冠」が特選、「平塚恋しや」(作詩西条八十、作曲上原げんと)を発表する。
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第4回
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昭和29年7月3日〜7日(人出のべ40万人)
七夕まつりも県下の三大行事の一つに数えられ、一千軒に及ぶ商店が竹飾りを出したので、国道筋はトラックなどの大型貨物車の交通止めをするに至った。
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第5回
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昭和30年7月2日〜7日(人出のべ100万人)
七夕まつりを全市に定着すべく、「一戸一本飾り付け運動」を展開した。雨に泣いた京花紙の造花もビニール製となり、全天候型となった。ラジオの公開録音が初めて行われ、また七夕絵ハガキを発売したのもこの年であった。
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第5回の風景
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第6回
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昭和31年7月6日〜10日(人出のべ130万人)
年を追って華麗になった七夕竹飾り見学のため、外人観光客や全国各地から観光バスが訪れるようになった。アロハシャツがおそろいの制服として登場した。
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第7回
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昭和32年7月5日〜9日(人出のべ150万人)
全市を挙げての「市の祭り」に定着した平塚七夕まつりは、この年より平塚市主催となる。アロハシャツをユニフォームに制定し、夏の風物詩に彩りを添える。ミスの選出をとりやめ神奈川県在住の芸能人などを市民投票によることにした。
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第8回
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昭和33年7月4日〜8日(人出のべ150万人)
「関東名物七夕まつり」として、仙台、水戸、安城の各市から視察者がつめかけた。この年から「物産展示即売会」を開催する。
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第9回
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昭和34年7月3日〜7日(人出のべ130万人)
竹飾り特選「皇太子御結婚」。パレードも多様になりミスワールド、ミスユニバース日本代表、ミス関東、京都祇園の舞妓がミス七夕とともに市中パレードを行った。米国マッカーサー駐日大使の代理として文化担当書記官が来平し、国際親善を深めた。
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第10回
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昭和35年7月6日〜10日(人出のべ150万人)
七夕10周年を記念して「七夕音頭」(戸川貞雄作詩・米山正夫作曲)を発表する。
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第11回
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昭和36年7月5日〜9日(人出のべ150万人)
平塚七夕まつり竹飾りが仙台七夕に比肩されるようになり、ラジオ各社が人気番組の公開放送を行う。全国的に宣伝されるとともに平塚七夕は「関東の七夕まつり」としての座が不動のものになった。
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第12回
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昭和37年7月5日〜9日(人出のべ160万人)
国際色を増してきた七夕まつりには、各国の外交官や在日米軍首脳が来平したほか米国の高校生も多数見物に訪れ、日本伝統の夏の風物詩を心ゆくばかり満喫した。
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第13回
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昭和38年7月5日〜9日(人出のべ200万人)
国道筋約1kmに303本の竹飾りが掲出された。新装になった市民センター大ホールでは最終日に七夕宝くじ抽選会のアトラクションが行われた。
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第14回
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昭和39年7月3日〜7日(人出のべ200万人)
オリンピック東京大会の開催の年にあたり、日本国中は観光ブームにわき、多くの観光客を集めた。ミス七夕市中パレードにはミスアメリカとミスロングビーチが特別参加した。
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第15回
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昭和40年7月7日〜11日(人出のべ220万人)
七夕まつり15周年を記念して、仙台市長 島野武氏を迎え、仙台市との親善を図る。この年初めてテレビの公開放送が行われた。
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第16回
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昭和41年7月6日〜10日(人出のべ220万人)
年々増加する交通量は国道筋を舞台とする七夕竹飾りにとって悩みの種であった。この国道1号線の渋滞解消のために「竹飾り規制」が行われた。この問題は後にバイパス道路が開通することにより解消された。
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第17回
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昭和42年7月6日〜10日(人出のべ235万人)
「七夕号」と名付けられた臨時電車42本が夏の夜空に映し出された湘南の七夕まつりを楽しむ見物客のために運行された。
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第18回
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昭和43年7月3日〜7日(人出のべ235万人)
七夕まつり最終日の7日は参議院議員選挙投票日に当たったので、投票の呼びかけに一役かった。仙台市長のメッセージ伝書を運ぶ仙台親善鳩レースが行われた。
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第19回
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昭和44年7月4日〜8日(人出のべ285万人)
マイカーの普及により車で訪れる見物客が多くなりはじめる。
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第20回
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昭和45年7月7日〜11日(人出のべ330万人)
七夕まつりの20周年を記念し、「七夕音頭」と「七夕おどり」(石本美由紀作詩・市川昭介作曲)を発表する。期間中国道1号線は全面交通規制された。
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第21回
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昭和46年7月7日〜11日(人出のべ350万人)
「日本一の竹飾り」と銘打って、平塚七夕まつりの記念ハガキが発売され、七夕協賛として郵便創業百年記念郵便展が開催された。
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第22回
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昭和47年8月4日〜8日(人出のべ315万人)
露天商が集中する7月を避けて8月に会期を変更した。だが、「仙台七夕まつり」と会期が同じになり問題を残した。この年は市制40周年である。
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第22回の風景
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第23回
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昭和48年8月4日〜8日(人出のべ85万人)
駅ビル建設問題から発生した種々のいきさつは、七夕まつり開催まで波及し、いったん中止の決定をしたが、「伝統の火を消すな」と有志が立ち上がり商工会議所が肩代わりして開催した
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第24回
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昭和49年7月5日〜9日(人出のべ300万人)
再び市主催となり「1億円の七夕」と名づけられて再出発した。一飾りあたり400〜500万円の超デラックス飾りが出現した。
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第25回
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昭和50年7月4日〜8日(人出のべ327万人)
七夕25周年記念。市民ぐるみの郷土祭典をいっそう盛り上げるため、ミス七夕パレードが全市域的に広げられた。
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第26回
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昭和51年7月7日〜11日(人出のべ250万人)
第7回昭和32年からミス七夕を松竹株式会社へ選考と派遣を依頼していたが、今回からミス七夕は公募することに改め、従来のタレントのミスは七夕の女王となる。ミス七夕の応募は194名。
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第27回
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昭和52年7月7日〜11日(人出のべ291万人)
ミス七夕公募2年目を迎え、応募者は252名を数え、市民センター大ホールで妍を競った。この年、竹飾りが林立する国道1号線が市道に移管された。
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第28回
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昭和53年7月6日〜10日(人出のべ300万5千人)
今回から準ミスを廃止し、3名をミス七夕とする。観光客誘致にも力を注ぎ、外国人向けの英字パンフレットを発行した。
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第29回
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昭和54年7月5日〜9日(人出のべ315万人)
平塚青年会議所では作曲家中村八大氏に依頼して「七夕太鼓」を発表し、ここにふるさとのリズムが植え付けられた。国鉄平塚駅では開業以来最高の乗降客数を記録する。
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第30回
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昭和55年7月4日〜8日(人出のべ310万人)
七夕30周年を記念し、七夕まつりシンボルマークを制定する。七夕記念資料展、30周年記念誌の発行など多彩な事業を行う。
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第30回の風景
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第31回
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昭和56年7月3日〜7日(人出のべ318万人)
第30回記念七夕まつりを上回る人出があり、過去3番目を記録する。国際障害者年にあたり慈善なべなどが登場した。
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第32回
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昭和57年7月7日〜11日(人出のべ310万人)
市制施行50周年を記念するにふさわしく、充実したものとなった。この年高山市と友好都市の提携を、花巻市と天城湯ヶ島町と市民休養の郷の締結が行われた。
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第33回
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昭和58年7月6日〜10日(人出のべ297万人)
竹飾りの掲出基準を自主的に設け規制した。東海道本通りを中心に観光客の一方通行を実施し混雑の緩和、危険防止を図った。また露天商の出店地区の拡散を図った。パレードには、高山市、花巻市、天城湯ヶ島町の各首長と市民代表が参加し、また花巻市の鹿踊りも披露された。
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第34回
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昭和59年7月5日〜9日(人出のべ325万人)
竹飾りの特色としてロサンゼルスオリンピック、横浜港に永久保存の決まった日本丸やエリマキトカゲをテーマとした飾りが目立った。東海大産業化学研究所の協力により、レーザー光線による夜空の芸術「スペース・ラブ・ファンタジー」が初公開された。前回実施した観光客の一方通行が軌道にのり、明石町通りにスムーズに人が流れた。一部商店会が露店問題に不満を表明し、質素な飾りで抵抗。
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第35回
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昭和60年7月5日〜9日(人出のべ327万人)
友好都市である高山市から「陣屋太鼓」、花巻市から「北秀鬼太鼓」、平塚市は「七夕太鼓」、3市のお国自慢太鼓の競演がにぎやかに行われた。35周年を記念して高山市から竹飾りが出品された。アロハシャツも5年ぶりにデザインが一新された。つくば科学万博が開催されていたため、科学万博をテーマにした竹飾りが多く見受けられた。
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第36回
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昭和61年7月4日〜8日(人出のべ329万人)
七夕まつり期間中に衆・参両院議員の選挙が行われた。新たな交通規制を実施し、また紅谷パールロード等からも露天商を排除した。市民プラザ前に七夕フェスティバルステージが設置され「飾りを見る区域」、「露店を楽しむ区域」「お祭り広場」などのエリアが明確化してきた。
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第37回
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昭和62年7月3日〜7日(人出のべ333万人)
天候に比較的めぐまれ観光客の人出は好調であった。東海道本通りがショッピングモール化され、新しい試みで竹飾りが掲出された。交通規制、露店出店問題、フェスティバル・ステージなど昨年以上の充実をみることができた。友好都市花巻市からミス花巻をはじめ東北美人3名もパレードに参加した。
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第38回
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昭和63年7月7日〜11日(人出のべ353万人)
天候に非常にめぐまれ、また、県外への誘客キャンペーンを積極的に実施したこともあり観光客の人出は、過去最高の353万人を記録した。オリンピック年のため、オリンピックにちなんだもの、NHKの人気大河ドラマ「武田信玄」、プロ野球長嶋Jrの竹飾りが多く見受けられた。平塚MNビルの完成にともない観光客の回遊はより大きいものとなった。
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第39回
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平成元年7月6日〜10日(人出のべ345万人)
年号が昭和から平成へ改まり、サンライズひらつか21計画の完成に伴い北口駅前広場も整備され、文字どおり一新された中心市街地となった。期間中は天候に恵まれ、人出は過去3番目の345万人を記録した。竹飾りは童話やテレビを題材にメルヘン調のものが数多く見受けられた。駅前大通り線に共同飾りが掲出された。
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第40回
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平成2年7月5日〜9日(人出のべ358万人)
天候に恵まれ、7日が土曜日に当たったこともあり人出はそれまでの最高、358万人を記録した。また、40回を記念して「出逢いの像」をJR平塚駅北口広場に設置し、友好都市から飛騨高山キャンペーンガール、ミス花巻、湘南各市町(鎌倉、藤沢、茅ヶ崎、寒川)からミスがパレードに参加し彩りを添えた。人気テレビアニメ「ちびまる子ちゃん」や秋篠宮の御成婚を祝う竹飾りも登場した。
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第41回
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平成3年7月4日〜8日(人出のべ353万人)
好天に恵まれ353万人の人出を記録し盛況をきわめた。竹飾りでは、NHKの大河ドラマ「太平記」にあやかった足利尊氏や、人気相撲力士、若花田・貴花田や引退した千代の富士のものが目立った。特設舞台では、友好都市高山市、花巻市、市民休養の郷天城湯ヶ島町による郷土芸能が披露され今回も人気を集めた。
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第42回
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平成4年7月3日〜7日(人出のべ359万人)
連日天候に恵まれたこともあり、それまでの最高359万人の人出を記録するなど市制施行60周年を記念するにふさわしい盛り上がりを見せた。竹飾りでは、アルベールビル・バルセロナ両オリンッピクにちなんだものや、テレビで人気を集めた双子の「きんさん・ぎんさん」など話題性のたかいものが登場した。
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第43回
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平成5年7月7日〜11日(人出のべ361万人)
今回より「湘南ひらつか七夕まつり」と名称を変更し、装いも新たに華々しく開催された。期間中は天候も安定し、また、7日を初日にしたことによる話題性からマスコミによるPR効果もあり史上最高の361万人の人出を記録した。露店に対しては、露店出店対策委員会が設置され、不法出店の取り締まりに効果を上げた。竹飾りでは、皇太子さまと雅子さまの御成婚を祝う飾りやJリーグ人気を反映したサッカーをテーマとした飾りなどが登場した。
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第44回
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平成6年7月7日〜11日(人出のべ352万人)
長年にわたり、新進女優を七夕の女王として招きメイン行事に参加していただいてきたが、ミス七夕の存在感を高めたいとの理由からとりやめとした。本年より竹飾りコンクールの賞に新たに話題賞とちびっ子賞が加わった。話題賞は観光客に話題性のある作品を、ちびっ子賞は市内の小学生に夢のある竹飾りを選んでいただいた。その竹飾りでは、Jリーグで大活躍のベルマーレ平塚や、新しくできた湘南ナンバーなど地元の話題をテーマにした豪華な竹飾りが通りを彩った。
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第45回
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平成7年7月7日〜11日(人出のべ318万人)
45周年の節目を記念し、ブラジル人ダンサーによるサンバや、織姫、彦星のイメージ役による観光客の出迎えなどを実施した。また、竹飾りにはアニメのヒロインなどにまじって世界で活躍する大リーグ・ドジャースの野茂英雄投手やテニスの伊達公子選手が登場し観光客の目を引いた。
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第45回の風景
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第46回
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平成8年7月5日〜9日(人出のべ298万人)
近年になく雨にたたられ、13年ぶりに300万人を下回る298万人の人出であった。また、時代を反映した新しい試みとして、民間団体のインターネットによる願い事の募集や、市内郵便局による銀河ロマン大賞の募集など、市民参加によるイベントが人気を集めた。竹飾りでは、NHK大河ドラマ「秀吉」やアトランタオリンピックにちなんだものの他、特別参加として、仙台市や友好都市花巻市の「賢治生誕100年祭」を記念した飾りが登場した。
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第47回
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平成9年7月3日〜7日(人出のべ345万人)
連日30度を超える真夏の陽気となり、初日から5日間連続の晴天は、第28回以来19年ぶりの出来事であった。竹飾りでは、ゴルフ界のスーパースター「タイガー・ウッズ」、大リーグ・伊良部投手やかながわ・ゆめ国体など時の話題や世相を反映したものの他、市内の幼稚園、保育園や小学校、あるいは姉妹都市ローレンスを題材に平塚市国際交流協会など、市民参加の飾りも多く登場した。
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第48回
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平成10年7月3日〜7日(人出のべ354万人)
昨年に引き続き好天に恵まれ、354万人の人出となった。竹飾りではサッカーW杯に出場した「中田英寿選手」や人気アニメ「ポケットモンスター」等の他、地元大学生による竹飾りも登場した。また、本年は環境にやさしい「ケナフの短冊」に「願い事」を書くコーナーが新しく設置され、市民参加の七夕まつりとして好評を得た。
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第49回
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平成11年7月7日〜11日(人出のべ324万人)
最終日以外概ね天候にも恵まれ、7日が初日であったことから、マスメディアによる情報発信も多く、この日の人出は平日としては大変多くなった。竹飾りでは西武ライオンズの松坂投手やだんご3兄弟などのように平塚の七夕飾りの特色であるその時代を反映したものや主題性のあるものが多く飾られた。また、市民ボランティア団体による竹飾りの掲出やイベントも多く、市民参加型七夕まつりの第一歩が記された。
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第50回
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平成12年7月7日〜11日(人出のべ319万人)
開催初日台風3号の襲来を受け、一度掲出した竹飾りを降ろすハプニングに見舞われたが、2日目以降天候の急速な回復により、催物もほぼ予定通り実施された。また50回を記念して「全国七夕サミット」や「歴史回顧展」の開催をはじめとする、各種記念事業も実施された。竹飾りは例年より若干多めの掲出となり、シドニー五輪で活躍した柔道の田村亮子選手やマラソンの高橋尚子選手などを取り上げたものが登場した。
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第51回
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平成13年7月5日〜9日(人出のべ317万人)
梅雨時ということもあって心配された天候も全日好天に恵まれ、計画されていた催物も全て予定どおり実施された。竹飾りについては、当初掲出本数の減少が心配されたが、新たな試みとして実施した「アニバーサリー協賛竹飾り」や市内各地区の団体等に協力をいただいた「市民協賛竹飾り」などにより、昨年を上回る掲出本数となり、今後につながる成果を出すことができた。また今年の特徴としては大リーグで活躍中の「イチロー選手」や「小泉首相、田中外相」などを取り入れた飾りが、観光客の目を集めていた。
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第52回
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平成14年7月4日〜8日(人出のべ315万人)
台風の接近もあり、天候が心配されたが全日好天に恵まれ、計画されていた催物も全て予定どおり実施された。竹飾りについては、当初掲出本数の減少が心配されたが、市民活動の場として新設された「おまつり広場」に、子ども会による「子ども飾り」が掲出され、昨年並みの掲出本数となった。また今年はワールドカップで活躍した日本人選手や内親王敬宮愛子様誕生を祝ったものなどを取り入れた飾りが、観光客の目を楽しませていた。
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第53回
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平成15年7月3日〜7日(人出のべ286万人)
開催初日と最終日が雨天となり、7年ぶりに300万人を割る人出となった。計画されていた催物のうち、「おどりパレード」は中止となったものの、それ以外は全て予定どおり実施された。竹飾りについては、「市民協賛竹飾り」や「子ども飾り」が積極的に掲出され、昨年並みの掲出本数となった。また今年はアザラシのたまちゃんを模った飾りが、子ども達の目を楽しませていた。
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第54回
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平成16年7月1日〜5日(人出のべ307万人)
国政選挙のため約30年ぶりに、7日を含まない日程となったが、300万人を超える人出となった。計画されていた催物は全て予定どおり実施された。竹飾りについては、「市民協賛竹飾り」や「子ども飾り」が積極的に掲出され、昨年並みの掲出本数となった。また今年はアテネオリンピックで活躍が期待された選手を応援する飾りが目立っていた。
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第55回
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平成17年7月6日(水)〜10日(日) (人出のべ275万人)
まつり期間中は不安定な天候となり、催し物への影響が心配されたが、主な催し物は予定通り実行され、275万人の人出を記録して幕を閉じた。今回のまつりでは、交通規制開始時刻の変更や竹飾りの消灯時間の繰上げ等、より安全で安心して楽しめるまつりの開催を模索した。
平成17年に開園した紅谷町まちかど広場には、市内の子ども会等で作成した「子ども飾り」が掲出され、観光客の目を楽しませた。
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第56回
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平成18年7月6日(木)〜9日(日)
開催期間が4日間となり、人出の減少が予想されたが、例年に近い270万人という人出となった。 市民団体等の活動の場として、見附台広場に第2ステージを新設し、多いに活用された。また、市内外の高校生・学生や市内に事業所をもつ企業から、数多くのボランティアが清掃活動・観光客の案内などに活躍した。
竹飾りでは、トリノオリンピックやWBCで活躍した選手にちなんだものが人気を集めた。
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第57回
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平成19年7月5日(木)〜8日(日)(人出のべ280万人)比較的天候に恵まれ、予定していたパレード等はすべて実施できた。見附台広場では、ステージイベントの開催や出店が増え多くの人出で賑わった。竹飾りでは、メジャーリーグで活躍中の選手やハンカチ王子、ハニカミ王子などスポーツ選手を中心にアニメのキャラクターや動物などを飾りつけたものが人気を集めた。
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第58回
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平成20年7月4日(金)〜7日(月)(人出ののべ240万人)
洞爺湖サミットと日程が一部重複したことから、警備の負担を考慮し、イベントの縮小を図り、特設ステージは2日間(土、日)、メディアランナーは3日間(金、土、日)の運営とした。
中越沖地震が発生してから1年が経過するのを記念して、新潟県柏崎市を中心に七夕まつりが開催された。平塚市から市長の激励メッセージや激励短冊(350枚)、七夕飾り(11セット)を贈った。
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第59回
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平成21年7月2日(木)〜5日(日)(人出ののべ230万人)
今回から開催期間を7月の第一木曜日から4日間の開催となった。昨年秋からの不況の影響もあり飾りの掲出本数の減少が憂慮されたが、市内地区の体育振興会や各団体の参加による市民飾りの掲出などにより、多少減少したものの、中心街には約600本、市内全域では約3,000本掲出された。今年からメーンステージに改称し市民参加を進めるため、出演者の公募を実施。43組の応募の中から審査により12組が選ばれ2日(木)3日(金)に出演した。安心安全な七夕まつり開催のため、警備の充実を進めてきたが、5日(日)の最終日の早朝、暴力団同士の銃撃抗争事件が発生し死者も出たことから、今後警備体制の強化及び情報収集手段、迅速な連絡体制の確立が必要となった。
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第60回
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平成22年7月1日(木)〜4日(日)(人出ののべ230万人)
60回目を迎えた今回より飾りの掲出基準を緩和し、名称を「七夕飾り」と変更した。コンクールについても「七夕飾りコンクール」と名称変更するとともに賞の内容を見直した。
60回の節目として、「全国七夕サミット2010in湘南ひらつか」を平塚青年会議所と平塚商工会議所青年部の合同企画と運営により7月2日に9都市10団体の参加により開催した。
また、七夕アロハを協賛企業の協力により5年ぶりに新調した。
記念イベントとしては、企業協賛により「七夕音頭」を歌っている都はるみさんと平塚出身のタレントの山瀬まみさんからお祝いメッセージをいただくともに、高さ9メートルのスティッチ(ディズニーキャラクター)の大型バルーン設置やアニメキャラクターの名探偵コナンバラエティーショウ、白井貴子ライブを実施した。
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第61回
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平成23年7月8日(金)〜10日(日)(人出ののべ120万人)
平成23年3月11日に発生した東日本大震災による影響で一時は開催が危ぶまれたが、主催者を市から実行委員会に変更するとともに、震災による電力供給の関係等から日程・時間・区域等について規模を縮小して安全確保を優先に開催した。
平塚の七夕まつりが戦災復興から始まったことから、「東日本大震災からの復興の願い」を込めて開催した。復興に向けた取り組みとして、宮城県石巻市(災害協定締結)と岩手県花巻市(友好都市)の小学生らが書いた願いの短冊4,733枚を会場内に掲出した。また、各種チャリティーイベントの実施や、募金箱の設置、義援金の寄付が行われた。
パレードは中止とし、催物はオープニングセレモニー、フェアウェルセレモニー、市中訪問のみとした。また、前日が7日ということもあり、商店街連合会主催で前夜祭を実施した。
七夕飾りの掲出本数の減少が憂慮されたが、コンクールにはおおむね例年並みの応募があり、復興を願う飾りやエコをテーマにした飾り、歴史ブームを反映した飾りが多く掲出された。
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