額田遺跡第1地点

調査概要

  • 額田遺跡第1地点 調査位置
所在地  平塚市出縄302番1他
調査主体 株式会社 アーク・フィールドワークシステム
調査面積 約298m2
調査期間 令和6年2月5日~4月5日 
発見遺構 土坑(縄文時代)
     竪穴住居址、土坑、溝状遺構、
     不明遺構、ピット
           (奈良・平安時代)
     不明遺構、ピット(中世)
発見遺物 土器(縄文時代、
      弥生時代後期~古墳時代前期)
     土師器、須恵器
           (奈良・平安時代)
     陶器、磁器(中世)

調査成果

 今回の調査では、縄文時代の土坑1基、奈良・平安時代の竪穴住居址3軒、土坑21基、溝状遺構3条、不明遺構1基、ピット3基、中世の不明遺構1基、ピット14基が発見されました。
 出土遺物の総量は、テンバコ数で6箱を数え、縄文土器、弥生時代~古墳時代の土器、奈良・平安時代の土師器、須恵器、中世の陶器、磁器が出土しています。
 以下、時代ごとにその内容を紹介します。
  • 調査区全景
  • 湘南平から調査区を望む(画像中央部)
縄文時代
  • 縄文時代の土坑(西から撮影)
 縄文時代の遺構は、楕円形の土坑が1基検出されました。大きさは、東西96cm、南北86cm、深さ73cmです。
 土坑の底には24cm×17cmの小穴が掘られている様子が観察できました。
弥生時代~古墳時代
 遺構は確認されませんでしたが、他の時代の土層中から遺物が出土しました。周辺に遺構が存在するものと考えられます。
奈良・平安時代
 奈良・平安時代の調査では、竪穴住居址3軒、土坑21基、溝状遺構3条、不明遺構1基、ピット3基が発見されました。竪穴住居址は、傾斜地に作られており、床面は白色粘土と焼土によって平らに作り出されていました。竈は3軒とも傾斜の頂上方向に白色粘土等を用いて作られており、地形に沿った建設を行った様子が見受けられました。
 溝状遺構は、調査区の中央付近に東西方向に延びるものと、L字状に屈曲するもの、調査区南東付近を南北方向に延びるものが確認されました。
  • 2・5号竪穴住居址 掘り方全景(南から撮影)
  • 4号竪穴住居址 竈全景(南から撮影)
中世
  • 不明遺構全景(南から撮影)
 中世の遺構は、不明遺構とピットが検出されました。
 不明遺構は、傾斜面を切って平坦面を作り出したものと考えられます。ピットは調査区全体で確認され、このうち調査区北西隅と調査区南東隅に比較的まとまる様子が認められましたが、掘立柱建物跡の柱穴となるような規則性は認められませんでした。

まとめ

 今回の調査は、額田遺跡で行われる初めての調査となりました。この結果、調査区中央から南側で多くの遺構が確認されましたが、北側の土地を大きく削り取るような改変が行われたため、本来は存在していた奈良・平安時代の遺構が失われてしまったものと考えられます。同様に、南側・東側も大きく段差が作られ現在の状況に近い土地になったと考えられることから、奈良・平安時代の集落はさらに南側へも広がっていたものと考えられます。

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